THE HIDY ROD COMPANY
Personal History and Philosophy
歴史とデザイン哲学

 個人的な歴史と哲学 私の回りには、いつもフライフィッシングがありました。私の従兄弟であったピート・ハイディは著名なフライタイヤーで、多くの本を書きました。もっとも有名なものは、「アート・オブ・タイイング・ザ・ウエットフライ」でしょう。これはペンシルバニアのジム・ライゼンリングの方法論に基づき、ウエットフライの巻き方と釣り方を解説した本です。
執筆家でフライフィッシャーだったピート・ハイディ
 その環境の延長線上で、私は2人の偉大なロッドメーカーに出会うことができました。マリオ・ウジニッキとジム・シャーフです。カリフォルニアのサンフランシスコ・ベイエリアは、有能なロッドメーカーが集まってきたところで、世界クラスのキャスターやフライフィッシャーを輩出しています。
工房で仕事をするジム・シャーフ

 サンフランシスコはまた、伝説的なゴールデンゲート・アングリング&キャスティング・クラブ (GGACC)のお膝元でもあります。私はそのすぐ近くに長い間住んでいました。このクラブはバンブーロッドのデザインと制作に大きな影響を与え続けてきました。バンブーの黄金時代であった1930-1950年代、ゴールデンゲート・クラブは、革新的なバンブーロッドのデザインセンターとして機能していました。より軽く、より遠投のできるロッドが作られるようになったのです。このクラブを試験場として使ったのは、E. C.およびウォルトン・パウエル、R. L. ウインストンなどのメーカーでした。

サンフランシスコのゴールデンゲート・クラブ

ヨセミテ、空から
 私のロッドメーカーとしての成長を助けてくれたのは、多くの人たちとの出会いでした。世界でもトップクラスのキャスターであるメル・クリーガー、アンドレ・プーヤンズ、クリス・コーリッチ、レイジェフ兄弟などは、私に大きな影響を与えています。また、ダグ・メリック、ウォルトン・パウエル、ゲーリー・ハウエルズ、ジム・シャーフ、マリオ・ウジニッキといった超一流バンブーロッドメーカーたちと出会ったことも収穫でした。そんなすばらしいキャスターとロッドメーカーたちのおかげで、私のロッドも洗練を重ねてきたのです。
 ロッドアクションの核となるのはテーパーです。テーパーは、キャスターから提供されるエネルギーをラインに伝達し、また減衰させる役割を果たします。キャスティングポンドという実験室で開発されたあと、私のロッドはクラマス、トリニティ、サクラメント、マクロード、ピットといったカリフォルニアの銘川で、実際の釣りに使ってフィールドテストを受けます。私の作るロッドはまた、ヨセミテのマーセド、ゴールデントラウトの住むウィルダネスなど、シェラの高地でも入念なテストを繰り返されています。
エド・イングル、北カリフォルニアのレインボーをランディング

 私の作るロッドは基本的にモデレートアクションで、プログレッシブなテーパーを与えられており、ウエットにもドライにも使えるように配慮されています。バットとミドルは早いうちから曲がり始め、パワフルなキャストを実現します。近くを釣るにも楽しく快適でありながら、ロングキャストも可能となっているデザインです。ティップの先端近くまで中空構造になっていますので、軽量さと復元の速さを持ちながら、釣りの楽しみも犠牲になっていません
日本製の美しいアルケミー・リールとハイディロッド


 ライル・ディッカーソンは、かつてこう言いました。「人とその道具との関係は、きわめてパーソナルなものだ」と。そして、お客さまから、私の作り出すロッドは、説明できない、捉えどころのない、あの「感覚」を持っているとのコメントを頂くとき、私は誇りに思うと共に感謝の念を抱くのです。

シャスタ山の麓で、6番のハイディロッドが弧を描く